「呪い」の時代の「祝福」へ。ジョジョリオンとは何だったのか? ─  その4

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『なぜ回転は、この世の理を越えていけるのか』

前作「スティール・ボール・ラン」に続き、今作でも「回転」は非常に重要な役割を占めています。作中で定助は己のスタンドの進化形『S&W越えていく(ソフトアンドウェット・ゴー・ビヨンド)』を発動させます。この回転が時空の壁、すなわち世界の理(ことわり)を飛び越えられるというのは、前作においてジョニィ・ジョースターが用いた「無限の回転」と同じです。

荒木飛呂彦(2021)「ジョジョリオン」第26巻 集英社

ではなぜ「回転」がこの世の理を越えていけるのか? ここからは相対性理論に基づく、非常に難解な話になりますが、簡単にまとめると①回転は重力を発生させる(地球に重力があるのは回転しているからです)、②重力は時間の進行を遅くする、③重力は空間を歪められる、これら特殊な作用があるからです

僕らの世界は空間と時間で構成されています。1㎝はどこで図っても1㎝、1分はどこで計っても1分だと思うかもしれませんが、強力な重力の元では違います。定助のシャボン玉は無限の回転をしています。すなわちそこには無限大の重力が発生している。だからこそ、この一般世界での「理(ことわり)」すなわち空間と時間を越えていけるのです。

ちなみに相対性理論に関しては人気YouTuber、たくみさんが運営しているYouTubeチャンネル予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」が非常に分かりやすいのでお勧めします。以下にリンクを貼っておきますね。

予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」 /中学数学からはじめる相対性理論

『呪いとは何か?』

本作で大きな意味を持つ概念が「呪い」です。①ジョニィ・ジョースターが用いた聖なる遺体の力による「呪い」が東方家と吉良家に降りかかり、②杜王町、すなわち3.11で被害を被った地域は日本が繁栄の名の下に受け入れた「原子力」という「呪い」によって傷つけられ、③主人公である定助=空条仗世文と広瀬康穂は父の不在と、自分たちを愛してくれない母の「呪い」にそれぞれ苦しめられてきました。

実社会において、この世に「呪い」を受けていない人間などいません。それは前にも引用した本作の書き出し部分で荒木さんがハッキリと明示しています。なぜなら「呪い」とは『先人達が犯した過去の過ち=負の記憶=歴史』だからです

①東方家と吉良家はジョニィ・ジョースターの行いによって、②杜王町は日本という国家の行いによって、③定助と康穂は母親の行いによって、等しく呪われています。 定助などは母に殺されかけてまでいるのです。ここで厄介なことはいずれも他人の行いによって「呪い」を受け、傷つけられ、トラウマとなってしまっている点です。

荒木飛呂彦(2016)「ジョジョリオン」第12巻 集英社

『運命=呪い、描き続けられてきたテーマ』

荒木さんは漫画家でありながら、同時に哲学者のような一面があります。一般的な少年漫画の王道スタイルで描き進めてきた1〜3部を経て、4部『ダイヤモンドは砕けない』では人間の精神に切り込み、吉良吉影という「悪」を創造しました。これに関しては前に書いたこちらをお読みください。そこで荒木さんは少年誌ではありながらも「悪」に対して、勧善懲悪の分かりやすい答えを提示しませんでした。

そして5部『黄金の風』では人が逃れる事の出来ない「運命」を描きました。これは文庫版の後書きで自身の言葉で述べられています。そこで「運命」に立ち向かう者達は「眠れる奴隷」と表現されました。

荒木飛呂彦 (2005)「ジョジョの奇妙な冒険」 第39巻 集英社文庫

この第5部『黄金の風』を描く時にぼくは考えました。では、「生まれて来た事自体が悲しい」場合、その人物はどうすればいいのだろうか? 人は生まれる場所を選べません。幸せな家庭に生まれる人もいるし、最初からヒドイ境遇に生まれる人もいます。
で、もし「運命」とか「宿命」とかが、神様だとか、この大宇宙の星々が運行するように、法則だとかですでに決定されているものだとしたら、その人物はいったいどうすればいいのだろうか? そのテーマがこの第5部「黄金の風」の設定であり、登場する主人公や敵たちです。

荒木飛呂彦(2005)「ジョジョの奇妙な冒険」 第39巻 集英社文庫

重要なのはここでも主人公らの「運命」は己の問題ではなく、血族の過去の行いや出生によって、否応なく決定されてしまっている点です。これは今作における「呪い」と同様です。そして前作の7部『スティール・ボール・ラン』では現在の日本を形成した「呪い」の元凶であるアメリカが、どのような意思を持って建国されていったのかを描いています。

今いる私やこの世界は過去とは無縁ではいられない。だからこそ過去を知り、己を形づくった何かを知らなければならない。5部では「未来」へと向かっていたベクトルが7部以降、明確に「過去」へと切り変わりました

『呪いを断ち切るもの』

実はこの過去からの「呪い=運命」の連鎖という設定は、今作の連載が始まった2011年、同時期に発売されたスピンオフ作品「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」でも描かれています。そこで露伴は若かりし頃、己の前から突如、姿を消した初恋の女性の記憶に導かれ、ルーヴル美術館の地下奥深くに封印された呪われし邪悪な絵画に辿り着きます。

その絵は見た者の肉親や先祖が過去に犯した罪に応じて、同じ死に方を強制してきます。血のつながりから逃れられる者などおらず、ハッキリ言って無敵の力です。そこで露伴が生き残る為に取った方法、それは己の記憶をいったん全て消すことでした。

そして後に彼は知ります。自分をルーヴルへと導いた女性は呪われた絵画を描いた絵師の妻の亡霊でした。そして彼女が自分の前から姿を消したのは露伴にこれ以上、恋慕の情を抱かせない為であり、いずれ未来に辿り着くルーヴル美術館の地下で絵画と対決する際、彼女の記憶を消すことをためらわせない為でした。

荒木飛呂彦(2011)「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」集英社

過去の「呪い」を全て断ち切るには、どれだけ心残りや郷愁、強い念や慕情があったとしてもそこに執着してはならない。執着の裁ち切りこそが「祝福」である。この「呪い」と「解決の仕方=祝福」は今作でも基本的に引き継がれています。おそらく荒木さんの中に大きなテーマとして、ずっとあったものなのでしょう。

『流れはずっと……厄災なんだ』

上記の言葉は透龍(とおる)のスタンド、ワンダー・オブ・Uが定助に向かって呟く言葉です。

「新ロカカカ」は「新ロカカカ」の方から私の所へやって来る。「流れ」が運んでくるんだ。君が果実を手に出来る『流れ』にはない。

「流れ」は……ね。

君がその椅子から立ち上がる事だよ。きっとわたしを追撃する為に立ち上がる。

わたしは『ワンダー・オブ・U』、『流れ』はずっと厄災なんだ。

荒木飛呂彦(2020)「ジョジョリオン」第25巻 集英社

厄災」とは何か? 本作においては「呪い」の発生源であり、加えて「呪い」の解除を阻むものです。ここで重要なのは「厄災=呪い」に対して、人はそれを排除しようと攻撃してはならないという考え方です。「厄災」に勝利することなど出来ず、ただ逃げるしかできない。この「厄災の理(ことわり)」という基本設定は先に述べた「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」と同じです。

荒木飛呂彦(2020)「ジョジョリオン」第25巻 集英社

しかし荒木さんはそこから更に進化して、本作では「厄災」へどうやって打ち勝つかを模索しました。その答えが、

ヤツは『決してこちらから追う事は出来ない

追わせるのは良い

荒木飛呂彦(2020)「ジョジョリオン」第24巻 集英社

なのです。これが何を意味しているのか? そこには非常に深い洞察があります。それをまさに実践したのが東方家の母、花都(かあと)です。本作で透龍(とおる)に打ち勝ったのは、『ソフトアンドウェット・ゴー・ビヨンド』を会得した主人公である定助ではなく、己の命を賭して家族を守った彼女なのです。

その5へ続く

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