新たなる世界への神話、「マッドマックス 怒りのデスロード」 ─ その4

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『詳細な登場人物紹介、イモータン・サイド編』

★イモータン・ジョー

本名はジョー・ムーア。前日譚(映画以前の話)を描いたコミックでは大佐とされているので、兵士ないしは傭兵だったのでしょう。大崩壊後の世界で、その戦闘スキルを活かし生き残ってきました。そして現在の根城である「シタデル(砦)」を発見し、激戦の上、そこを制圧するとウエストランド(荒野)の支配者の地位まで昇り詰め、その過程で「イモータン・ジョー(不死身のジョー)」と呼ばれるようになります。

ジョージ・ミラー (2015)
「マッドマックス 怒りのデス・ロード: COMICS & INSPIRED ARTISTS」誠文堂新光社
ジョージ・ミラー (2015)
「マッドマックス 怒りのデス・ロード: COMICS & INSPIRED ARTISTS」誠文堂新光社
ジョー・ムーアがイモータン・ジョーになるまでの詳しい話は上記コミックの『Nux & Immortan Joe』に収められています。

放射能汚染で極端に寿命が短くなり、遺伝子変異で障害のある人間ばかりが産まれる中、己の地位を継承する遺伝子的にクリーンな子供を手に入れることを目的に、周辺地域から障害のない女性を拉致しては、空気清浄機が設置された金庫の中に閉じ込め、そこで陵辱しては子供を産ませています。しかし今のところ、目的は叶わず、己の身体も放射能による腫瘍に苛まれ、症状は日々悪化の一途を辿っています。

この人物は特に女性の観点からすれば、最低最悪な男ですが、はたしてそうでしょうか? 良きフィクション(創作物)とは現実世界を抽象化します。抽象化と言うと何やら難しいことのように思えますが、現実世界に存在する物事の本質や特性だけを取りだし、その他を切り捨てることで、より分かりやすくそれらの「本当の姿」を提示することです

その視点で見ると、彼は自分が治める「シタデル(砦)」で、人間が生きる上で欠かせない水を生産&確保し、それを元に植物も計画的に栽培しています。さらにタンパク質が極端に摂取できない世界の中、これまた女性からすれば酷い話ですが、母乳の出る女性を捕まえては「ミルカー」と呼ばれる乳牛のような存在として、植物と並ぶ食料生産をしています。手段はどうあれ、これで人類は生き長らえているわけです。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

さらに部下の「人食い男爵」には燃料の生産工場たる「ガスタウン」を統治させ、無法の荒野を治めるのに欠かせない武力の礎となる武器製造工場「バレット・ファーム」を、これまた部下の「武器将軍」に統治させています。

ハッキリ言って、めちゃくちゃ有能です。一例として、理想はどうあれ、現在の世界において、なぜアメリカが政治、文化、経済など全ての面において、ずっと世界の盟主たる立場を維持できているのかと言えば、戦争を「国家の公共事業」として位置づけ、ずっと世界最強の軍隊を維持し続けてきたからです。

身も蓋もない言葉ですが「力」こそ正義です。人間には生物としての生存本能があるので、己の敵わない存在に対しては無意識に同調し、生き延びようと行動します。

さらに上記に加えて、寿命も短く、ストレスフルな世界を生きる庶民やウォー・ボーイズたちのために自ら「イモータン・ジョー(不死身のジョー)」という救世主的な存在となり、彼らが生きる糧と拠り所となる「宗教」を創造しました。こう考えるとある意味、完璧な統治者であり、経営者ですよね。

★リクタス・エレクタス

イモータンの息子の一人です。放射能汚染の結果、頭脳に障害があり、知性は子供のまま、肉体だけは頑健、本能に忠実な暴れん坊となってしまいました。そこからつけられた名前なのでしょう。「erectus=エレクタス」とは「原人(猿から人間の進化の間の直立歩行した存在)」を意味し、「Rictus=リクタス」とはスラングなどでない限り「あんぐり開いた口」を指します。

ここからは個人的な想像ですが、彼は顎を強制的に引っ張るマスクのようなものを付けていますよね。差別的発言にならないよう気をつけますが、知的障害のある方って口を開けている場合が多いです。きっと彼もそうなのでしょう。それを馬鹿にされるのが嫌だから、矯正用にあんなものを付けているんだと思います。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

いずれにせよ身体は大人、頭脳は子供と、江戸川コナン君とは正反対のキャラです。兄であるコーパスの望遠鏡を「Let me see, let me see!」=「ねぇ、見せて、見せてよ!」と子供のような赤ちゃん言葉でせがみますが、すげなく断られてしまいます。この辺りに親子内での立ち位置が伺えますね。暴力的なのは困り者ですが、ある意味で可哀想なキャラでもあります。

★コーパス・コロッサス

こちらもイモータンの息子の一人で兄となります。弟のリクタス同様、放射能汚染の結果、こちらは身体の方に障害が出てしまい、赤ん坊の段階で成長が止まってしまいました。その結果、自由に動き回ることができず、いつも椅子に腰掛けながら、望遠鏡で外の世界を眺めています。

リクタスに望遠鏡を貸さないのは頑健な身体を持つ弟への嫉妬心なのでしょう。しかしその分、頭脳は明晰で「Corpus=コーパス」は「大全、全集(百科事典のようなもの)」を、「Colossus=コロッサス」は「巨人」を意味しています。「知の巨人」と言ったところでしょうか。何とも皮肉な名前です。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

★人食い男爵

イモータンの命により「ガスタウン」を統治している支配者で、同時に会計係のようなこともしています。だからこそ、いちいち損失が生じる度に文句を言い、妻を殺されたイモータンのため、仇討ちに行こうとする武器将軍に対しては「Be careful! Protect the assets!」=「止めろ! 資産を守れ!」と押し留めようとします。

彼にとって物事は全て「資産」という物差しでか測れないわけです。いつも乳首に付けたピアスをいじっているのが特徴的ですが、ピアスをいじる癖のある人は几帳面だとされており、そのケチで細かい性格を表しているのでしょう。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

前日譚のコミックでは、まだ荒野をさまよっていたジョー・ムーア時代のイモータンに「シタデル(砦)」の存在を教えたのは彼だということになっています。その後、シタデルを制圧したイモータンの部下になりました。

ちなみに「人食い男爵」と訳されていますが、原文では「The People Eater」です。人食いなら本来はMan Eaterですよね。つまり旧世界における資本主義の悪しき側面を象徴するキャラとして「人々を食い物にする守銭奴」というのが本当の意味なのだと思います。

★武器将軍

人食い男爵に教えられた「シタデル(砦)」をイモータンと2人で攻め落とした、彼らの中の英雄であり、その後、武器工場である「バレット・ファーム」を任されています。全身を弾薬でできた衣装で身を包み、差し歯すら弾丸です。「Come on, I’ve been called to the torture!」=「俺は拷問するために呼ばれたんだぜ」のセリフを見ても分かるとおり、殺戮を生きがいとしています。

この投稿の最初、イモータン・ジョーの箇所で、優れたフィクションは現実を抽象化すると書きましたが、「人食い男爵」と「武器将軍」は旧世界(それはすなわち僕たちが生きている「現代」を指します)における資本主義と戦争という、実はこの世界を動かしている二つの大きな両輪を表したものなのでしょう

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

ちなみに武器将軍と訳されていますが原文では「The Bullet Farmer」=「弾薬畑の農場主」です。なぜFactory(工場)でなくFarm(農場)なのか? 工場とは機械を使って物品の製造・加工を行う施設のことです。

しかし設定資料集によると、彼らはまず火薬の元となる硝石を掘り出し、そこに人間の尿から抽出したアンモニアを混ぜ、火薬を製造するとあります。それらは基本全て手作業です。Farmには根本的な語源として「育成する」という意味があるので、そちらを採用したのでしょう。

その5へ続く

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