新たなる世界への神話、「マッドマックス 怒りのデスロード」 ─ その3

Facebook にシェア
LINEで送る
Pocket

『詳細な登場人物紹介、主人公サイド編 』

映画公開後に発売されたコミックでは、この映画の前日譚(それ以前の話)が掲載されています。また、各キャラクターの名前にもそれぞれ深い意味があるので、細部の評論に入る前に、それらも含めて簡単に説明しておきましょう。

★マックス・ロカタンスキー

元警官で主人公。妻と娘をならず者に殺された過去があります。復讐を遂げた後、核戦争(大崩壊と呼ばれています)により荒廃した世界をさまよい続けています。前日譚となるコミックでは、ある親子(母と娘)を一度は敵の手から救い出しはするけれど、最終的に彼女らが殺されてしまう話が描かれています。映画の中で女の子が車にひき殺されるシーンが1カットだけ挿入されていますが(DVDだと36分43秒あたり)それがその場面です。

この女の子が殺されるシーンはスプレンディドが死んだ時にも(DVDだと59分9秒あたり)ワンカット挿入されます。つまりそれだけトラウマとして彼の脳裏にこびりついているのです。この妻と娘に加え、彼女らも救えなかった自分に絶望し、その結果、少女の亡霊ともいうべき幻影が彼をずっと苦しめています。

マッドマックス(狂ったマックス)」とタイトルにありますが、この映画の中では彼の「狂った」部分は己の狂気ではなく、過去の後悔の念から引きずられた「精神疾患」であり、その病を回復していく過程こそが彼にとってのこの物語なのです

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

★フュリオサ

実質的な主人公と言えるキャラであり、ヒロインです。幼い頃、母親と共に盗賊に拉致され、その3日後に母は死んでしまいます。その後、イモータン・ジョーの元に連れてこられ、そこで「Breeders(繁殖される家畜という意味です)」と呼ばれる彼のための「子産み女」として、陵辱される日々を送ります。彼女が実際に子供を産んだのかどうかは分かりませんが、おそらくは産まされ、そして殺されたのだと推測します。

イモータンは放射能がはびこる核戦争後の世界で、遺伝子的に正常な跡継ぎしか求めておらず、障害のあるほとんど全ての子供は産まれてすぐに殺されました。女たちは3ストライクでアウトとされ、4回目のチャンスはなく、放り出されます。彼女もそうだったのでしょう。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

しかしその後、戦士としての功績を重ね、大隊長となります。それは「War Rig(ウォー・タンク)」の運転手の地位を手に入れ、それを使って故郷である「Green Place of Many Mothers(緑の地)」へと逃げ戻るためでした。

拉致されてから7,000日以上耐え続けたとのセリフがあります。ざっと20年近くです。この積み重ねた日々を想像するとフュリオサというキャラクターと、彼女が抱え続けた心の痛みがより理解できると思います。

そして最後になぜ作者であるジョージ・ミラーはこの役をシャーリーズ・セロンにオファーしたのか? これは後ほど述べますが、そこには彼の深い思いがあると確信しています。

★スプレンディド・アングラード

イモータン・ジョーの所有物とされ、「Breeders(繁殖される家畜)」と呼ばれる「子産み女」の一人であり、彼の子供を身ごもっています。だからこそ、イモータンにとって現在のところ、最も大切な存在でもあります。ちなみに「スプレンディド=Splendid」とは「素晴らしい」という意味であり、ここからも彼女に対する彼の執着心が伺えます。

またよく見れば分かりますが、彼女の頬や額の右部分に加えて、左腕、手首の辺りには無数のカミソリの傷跡が付いています。これは幾度となく積み重ねられてきた自傷行為の跡です。何が原因かと言えば、やはり忌むべき、おぞましいイモータンの子供が己の胎内に宿ってしまったこと、これに尽きるでしょう。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

当然、堕ろすことも何度も考えたでしょうし、実際、前日譚のコミックにはそのようなシーンも描かれています。(鍵の付いた針金を己の子宮に突き刺し、掻き出そうとした)しかし、彼女は迷った挙げ句、産むことを選択します。そして絶対に彼の手の届かない場所=フュリオサの故郷である「Green Place of Many Mothers(緑の地)」で育てていこうと決意しました。

この過酷で苦しみ抜いた日々があるからこそ、彼女は5人の女性の中で誰より強く「緑の地」を求めるのです。そして、これも後に述べますが「子供を産む」という彼女の尊い意思と決意は、結果として別の形で成就され、最後には皆を救うこととなります。

★ケイパブル

同じく「Breeders(繁殖される家畜)」と呼ばれる「子産み女」の一人であり「ケイパブル=Capable」とは「有能」を意味します。その名前から見てもイモータンにとってのNo.2なのでしょう。なお彼女やフュリオサら「子産み女」たち全員はイモータンの所有物とされ、首の後ろ辺りにそれを示す烙印が押されています。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

★ザ・ダグ

同じく「Breeders(繁殖される家畜)」と呼ばれる「子産み女」の一人であり、まだお腹は膨らんでいないものの、イモータンの子供を身ごもっています。原本の脚本を読めば分かるように、ある種の不思議ちゃんキャラで、実際「ダグ=Dag」とは「変わり者」を意味します。

例えば前半の砂嵐シーンの後、地平線の向こうから自分たちを追いかけてくるイモータンたちを見て、「Is that just the wind, or is that a furious vexation?」=「あれは風? それとも凄まじい怒り?」とえらく文学的なことを呟いたり、再び夜の沼地で自分たちを追いかけ、発砲してきた武器将軍の銃声とサートライトを見た時には「Say, anyone notice that bright light? Encroaching gunfire?」=「誰か、あの光に気がついた? あの銃撃はこちらに向かってくるの?」と、みんな分かりきっている当たり前なことを、のほほんと口走ったりします。

また男を罵る時に「Schlänger!」=「チン○野郎(男性の生殖器を指すスラング)」と叫ぶのも特徴です。この辺りのFunny(滑稽で可愛い)な感じが日本語訳では薄まってしまっているのが残念です。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

★トースト・ザ・ノウイング

同じく「Breeders(繁殖される家畜)」と呼ばれる「子産み女」の一人であり「ノウイング=Knowing」とは「聡明」を意味します。彼女の生い立ちは分かりませんが、武器の扱いに習熟し、車の運転もできるなど、他の女性キャラクターらとは少し立ち位置が違います。

「Toast=トースト」は「こんがり焼けた」を意味し、肌の色を指しているのだと思われます。スラングで別の意味もあるみたいですが個人的には当てはまらない気がしています。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

★チドー・ザ・フラジール

同じく「Breeders(繁殖される家畜)」と呼ばれる「子産み女」の一人であり「Fragile=フラジール」とは「虚弱、脆い」を意味します。実際、彼女らの中で最も主体性のない、へなちょこキャラですが、最後には……。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

★ニュークス

敵の大ボス、イモータン・ジョーの部下、ウォー・ボーイズの一員でしたが、途中から主人公たちの仲間となります。実質的にはフュリオサに加えて、彼がこの物語の本当の主人公だと思います。核戦争後、世界中にばらまかれた放射能によって身体を冒されており、死期も近く、本人もそれを自覚しています。

首筋にある2つの放射線障害による腫瘍(要は癌ですね)をラリーとバリーと呼んでいるなどチャーミングな一面もあります。「Nux=ニュークス」とは「堅いクルミ」を意味し、「ガッツがある」という風に捉えていただければ良いと思います。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

★ミス・ギディ

フュリオサを助け、5人の女性を逃がす手助けをした老女です。もう身体が弱く、ついていけないからと一人で「シタデル(砦)」に残りました。全身に無数の入れ墨をしていますが、これは彼女の身体が「本」であることを意味しています。

この核戦争後の世界では紙もペンもないので、肉体に彫り込むことでしか、文字は保存できないのです。書かれている内容は戦争以前の世界の歴史だとされています。

Mad Max: Fury Road (2015) Warner Bros.

彼女は映画の途中からいなくなってしまいますが、実は未公開シーン(DVDに収録)が撮影されています。彼女は何度拷問されても口を割らず、最後にはスプレンディドの死体と共に砂漠に放置されます。そして彼女の死体に群がってくるカラスを必死で追い払おうとしているシーンで終わります。

これは古来エジプトなどで、王族(ここではスプレンディド)が亡くなった時に死後の世界で王族の世話をする従者となるよう、生け贄(ここではミス・ギディ)が捧げられたのと同じことを意味しているのだと思います。

確かに残酷な場面ですが、個人的には本編に入れて欲しかったですね。と言うか、これを含めて3つの未公開シーンがあるのですが、どれも素晴らしい出来映えなんですよ。ご覧になりたい方はDVDの特典映像で見れます。

その4へ続く

Facebook にシェア
LINEで送る
Pocket