「スティール・ボール・ラン」以降の「ジョジョ」の劇的な進化 ─ その7【完】

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『いともたやすく行われるえげつない行為』

こう名付けられた、ファニー・ヴァレンタインのスタンド。その能力は現在のこの世界に平行して存在する無数の別世界、すなわちパラレルワールド間を行き来することができ、自分に加えて他者もそれら別世界の間を自由に移動させることのできるものです。そして彼は聖なる遺体のパワーでさらにスタンド能力を進化させました。それが「D4C─ラブトレイン」です。

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN
ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第13巻 集英社文庫

この能力は分かりやすく言えば、どれだけヴァレンタインに攻撃が加えられても、それは彼の身体を通り抜け、世界中の誰かに厄災という形で降りかかるというものです。それが以下に引用したセリフで語られています。

しかしこれは進化したスタンド能力の説明である以上に、アメリカが推し進めた資本主義とはどのようなものであったのか? さらに資本主義に支配された現在のアメリカが世界中に行っていることは一体何なのか? の説明に他なりません

「陽」のあたる所、必ず「陰」があり…幸福のある所、必ず反対側に不幸な者がいる……。「幸せ」と「不幸」は神の視点で見れば、プラスマイナス『ゼロ』!

『安定した平和』とは! 平等なる者同士の固い『握手』よりも、絶対的優位に立つ者が治める事で成り立つのが、この『人の世の現実』!!

〜中略〜

『害悪なる』ものは遙か向こうの! どこかの誰かへ!! 吹き飛んだッ!! 無関係のあの農民が今ッ、ヘタをつかんだッ! おそらく害悪は「ろ過」されて、その『スキ間』へは、この世の『良い事だけが残るッ!! 『遺体』を手にした者だけの特権ッ!!

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第14巻 集英社文庫

資本主義について物凄く乱暴にまとめると、資本を有する資産家の元にドンドンお金が集まり、それに反比例して資産家に労働力を提供している労働者との経済格差が開いていくというシステムです。そして資産家は常に格安で使える労働力を求めます。

なぜならそうすればするほど「儲け」が大きくなるからです。だからこそ彼らは遙か地球の裏側までだって、自分たちが「収奪」できる人々=フロンティアを求め、出て行くのです。これを荒木さんは「陽=幸福=資本主義社会の勝者」と「陰=不幸=資本主義に収奪される人たち」と表現したのです。

スキ間の中で見えたか…? ジョニィ・ジョースター。地球の裏側なのかな…どこかの戦争なのか? また人が死んだぞ。子供が殺された。どういう因果なのか…害悪のエネルギーはこのスキ間から飛んで、誰かかがそれをひきうける。

人類は皆平等じゃあないか。良い事と…害悪はプラスマイナスゼロだ。だが、この幸福な場所にいる、わたしたちの所じゃあない。

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN ジョジョの奇妙な冒険 Part7 」第14巻 集英社文庫
フロンティア=収奪できる場所に一番乗りし、その権利を主張する。資本主義社会において勝者になるために最も重要なこと、それが「ナプキン」で巧みに表現されました。

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN
ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第11巻 集英社文庫

『アメリカの光、そして影』

アメリカとはヨーロッパの「身分社会」の底辺で貧困に喘いでいた人々が、そんな生活からの脱却と幸福の追求を求め、大西洋を渡った人たちが創った国家です。彼らは「未開の西部=弱肉強食」の世界を開拓するうちに、ヨーロッパでは許されることのなかった「公正な戦い」を重視する個人主義を育みました。それにより「平等な立場で戦うこと=人権」であると考える「民主主義社会」が成立していきます。

しかしそんな彼らに対しヨーロッパ人が戦争を仕掛けてきます。それに対し、彼らは戦い、勝利し、独立宣言を行いました。この「アメリカにおける民主主義の成立」と「ヨーロッパからの独立」、この2つの大きな歩みを「スティール・ボール・ラン」は集約しています。

しかしアメリカの成立と発展は「D4C─ラブトレイン」の説明で述べたように「資本主義」を強力なエンジンとしました。資本主義は元々ヨーロッパで生まれたものです。そしてヨーロッパの人々はその危険性もまた察知していた。だからこそ、その後を追うように社会主義や共産主義も生まれました。

しかし、アメリカは国家としての「若さ」、そして抑圧からの解放感に酔ってしまい「一個人の利潤の追求=民主主義」の、いきすぎた歯止めをきかせることが出来ず、やがてそれは暴走を始めます。

その結果が上記でヴァレンタインが語った『陽の当たる所には必ず陰があり、幸福のある所、必ず不幸な者がいる。だったら勝ち組に回れ、平和とは平等なる者同士の連携ではなく、絶対的優位に立つ者が治める事で成り立つのが世界の現実である』つまり、アメリカ自身がアメリカ建国時の精神性を否定するようなことになってしまったのです。それを端的に表したのが以下のセリフです。自分たちこそ、地球の裏側からやってきた、貧困に喘ぐ、貧しき民だったにも関わらず……。

このアメリカだけだ! 地球の裏側の何も理解しようとしない、どこかのクソ野郎に決して渡してはならないのだ!

荒木飛呂彦(2018)「STEEL BALL RUN ジョジョの奇妙な冒険 Part7 」第16巻 集英社文庫

『そして、ジョジョリオンへ』

僕はその3で「スティール・ボール・ラン」とはアメリカという、現在の世界を支配する「力」と「精神」は、どのような「歴史」を経て形成されたのか? その結果、どのような形となって、今の世界に影響を及ぼしているのかを解き明かそうとした、壮大なる一大叙事詩の幕開けだと書きました。

その通り、これは「幕開け」なんです。その続きは「ジョジョリオン」となって、現代の日本に舞台を移して続いています。日本は太平洋戦争の敗北を経て、アメリカ指導の元に書かされた日本国憲法及び、日米安保においてアメリカの属国であるのが実状です

荒木さんはこの「現在の日本」を描くために逆算して、まずは日本を含む全世界を支配するアメリカとは何なのかを知ろうとすることから始めた、そういうことではないのかと思っています。

最後に僕が今回、「スティール・ボール・ラン」を取り上げたのは、作品のクオリティはもちろんのこと、どこか奇才=変人的に思われている荒木飛呂彦という人が、これほどまでに現代社会と切り結んだ本物の作家であると知ってもらいたかったからです。

荒木さんの歩みは「世界の王=アメリカの誕生」から「アメリカが産み落とした現在の日本=ジョジョリオン」へと舞台を移し、継続中です。長くなったのでひとまず筆を置きますが「ジョジョリオン」については近々ちゃんと読み解いていきたいと思いますので、今しばらくお待ちください。

アメリカから日本へ、「歴史=物語」は引き継がれていきます。
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