「スティール・ボール・ラン」以降の「ジョジョ」の劇的な進化 ─ その5

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『ヨーロッパを象徴するものたち』

荒木さんが「スティール・ボール・ラン」で描こうとしたもの、それは現在、世界の王であるアメリカ合衆国がどのような存在なのかを解き明かすことであると書いてきました。その為にはアメリカがどのような過程を経て成立したのか、それを支えた精神性とはどのようなものだったのかを知る必要がある。

そこで具体的に「アメリカ独自の民主主義の成立」と「ヨーロッパからの独立」、この2つにスポットを当てて描いたものが「スティール・ボール・ラン」あると述べました。だからこそ物語内において、アメリカとヨーロッパ、両陣営が入り乱れて権力の象徴、聖なる遺体を奪い合うのです。それでは実際どのキャラや物事が「アメリカ」あるいは「ヨーロッパ」を象徴しているのでしょう、まずはヨーロッパから見ていきます。

★テニスのネット

ヨーロッパとアメリカの違いを語る上で、最も重要なメタファーとして、荒木さんが何度も登場させているのがこの「テニスのネット」です。これは一見、人の関与できない「運命」の象徴のように見えますが違います。以下はジャイロの父、グレゴリオの口から息子の彼に向かって語られた言葉です。

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN
ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第9巻 集英社文庫

だが、いいか……テニスの競技中、ネットギリギリにひっかかって、はじかれたボールはその後、ネットのどちら側に落下するのか…? 誰にもわからない。そこから先は「神」の領域だ。どちら側に落下するのか?……それは無限の領域。父親の今現在の価値観で選ばせるのか? 彼に知らせるな……彼は何も知らない方がいい。

だから、おまえが選べジャイロ。これがツェペリ一族の……「役割」であり「宿命」だ……。

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第9巻 集英社文庫

一見、含蓄ある言葉のように思えますが大きく間違っている点があります。ジャイロはそれに気づき、独り苦しむのです。それは何か? 確かに父グレゴリオの言う通り、一度ネットに引っ掛かったボールがどちらに落ちるかは誰にも分かりません。

でもここで見落とされているのは「ネット」が何なのか?ということです。人の運命を左右し、簡単に奈落の底へと突き落とす「ネット」の存在。ジャイロや彼の父は結局のところ、そんな「ネット」の守護者なのです

実際、父グレグリオは不幸な妹を救い出すために戦い、アメリカ人なら賞賛するであろう「公正なる決闘」で勝者となったウェカピポを葬ろうとしています。

な…何をッ! 果たし合いは正式なものだ…!! うがッ、法王様から妹の離婚の許可を得ているんだ。何の問題があるんだ! わたしは犯罪者ではないッ!

残念だが、それでは収まらないんだ。彼の父親は国家にとって重要人物すぎる。身分が違う。『君は消される』…それが世の中というものだ。

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第9巻 集英社文庫

もうお分かりですよね? ネットに引っ掛かったボールとはウェカピポであり、彼の妹なのです。そして彼らは排除される。つまりジャイロや彼の父、グレゴリオが守護するもの=ヨーロッパが守り抜きたいと考えるもの、それは「身分制度」です。

ヨーロッパとアメリカを大きく分かつもの、それは人は生まれつき神の名の元に身分=階級が決められており、そこから逃れることは出来ないという、この考え方に他なりません。そしてこれまでに述べてきたようにそれらを否定し、逃れ、身分に縛られない新たな社会を構築しようとしたのがアメリカ人たちなのです。

★ディエゴ・ブランドー(Dio)

その4でも述べましたが彼はヨーロッパの身分社会の底辺で苦しみ、自分と母を差別した者たちへの復讐を胸にレースに参加します。彼はジャイロとは違う「飢える」者。結局のところ、アメリカの競争社会で勝ち残り、富を得たのは彼の様な人間です。だからこそ、最後まで聖なる遺体の奪い合いに参加し、一度はその勝者となるのです。

そういう意味では彼はヨーロッパの一側面の象徴であると同時にアメリカの象徴でもあります。しかし、後に説明するジョニィとは異なり、負の側面の象徴なのです。

「戦い」を重要視したあまり、アメリカ人は「強き力こそが正義」であるという偏った価値観を持ってしまいました。このマッチョで男性中心主義的な考え方は今も世界中に広く蔓延し、様々な人々を苦しめています

「きれい事」は言わないぜ。しょせん人間はハトの群れと同じだ。一羽が右へ飛べば全部が右へ行く。どいつもこいつも自分の利益とうぬぼれしか見ようとしない、気取り屋どもの集まりだ。

〜中略〜

オレはもっと気取らせてもらって、そういう「ハトの群れ」をとことん上から「支配」してやるぜッ! それがおまえらだからな……。

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第13巻 集英社文庫
荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN
ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第13巻 集英社文庫

★ホット・パンツ

彼女はDioやジョニィ、ジャイロと共に最後まで遺体を争う戦いに参加します。彼女は自分が犯した罪の結果、教会に「信仰」という力で人生を支配され、操られています。

実は彼女が属するであろうローマ・カトリック教会こそが、神の名の元、実質的にヨーロッパを支配し続けた存在でした。アメリカへ渡った人たちが苦しんだ身分制度は、自分たち聖職者を頂点として、彼らが創り上げたものです

聖なる遺体とは世界を支配する『力』の象徴であり、ヨーロッパから来たものとされています。だからこそアメリカ大統領ファニー・ヴァレンタインは彼らから、これを奪うことで世界の覇権を握ろうとしますし、ヨーロッパの支配者である、ローマ・カトリック教会のしもべである彼女はその象徴として、最後まで戦いに参加するのです。もう一度、繰り返しますが「スティール・ボール・ラン」とはアメリカが「ヨーロッパという旧世界から独立するための戦い」を描いているのです。

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN
ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第10巻 集英社文庫

わたしの「罪」をなぐさめ、清めてくれるのは、あの「遺体」だけ。そして「遺体」を手に入れる事は、それはこの地球上の人々の「善の心」のため……。そのためにはこの国の大統領だろうと倒すッ!

今度こそ……わたしのこの命、捧げます。

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第13巻 集英社文庫

★ジャイロ・ツェペリ

ジャイロは上で述べたようにヨーロッパ身分社会の守護者です。しかし護るべき「身分制度」そのものに疑問を抱き、アメリカにやってきます。そこでジョニィ・ジョースターやリンゴォ・ロードアゲインから、これまで自分が知らなかった「民主主義=アメリカ人の魂」を教えられるのです。そんな中、ジャイロが切実に求めたのは身分制度が正しいものだという「納得」でした。

オレは国王から命ぜられる、この任務を我が心の「誇り」としたい! 有罪か無罪か! 「納得」は必要だッ! 『納得』は『誇り』なんだ!

荒木飛呂彦(2017)「STEEL BALL RUN ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第3巻 集英社文庫

ヨーロッパ人らしい理知的な選択です。そしてアメリカ人にはない価値観でもある。しかし身分制度が正しい、そんな「納得」はあり得ません。だからこそ、彼は死ぬ=消えていくしかない。新たな世界の誕生のために、古き世界の者が生け贄となる、これは歴史の必然です。

しかし消え去る者から、残る者たちへ、渡さなければならないものがある。彼はジョニィに5つのレッスンを課します。

  • LESSON-1. 妙な期待をオレにするな(自分の力で運命を切り拓け)
  • LESSON-2. 筋肉には悟られるな(優しさの力)
  • LESSON-3. 回転を信じろ(信じ抜くことの大切さ)
  • LESSON-4. 敬意を払え(世界に対し、謙虚であれ)
  • LESSON-5. 遠回りこそが最短の道(急ぐことで失うものがある)

ジョニィ! 『LESSON5』だ。そう…確か次は『LESSON5』だ。

オレはこのSBRレースで、いつも最短の近道を試みたが『一番の近道は遠回りだった』『遠回りこそが俺の最短の道だった』この大陸を渡ってくる間、ずっとそうだった。そしておまえがいたから、その道を渡って来れた

荒木飛呂彦(2018)「STEEL BALL RUN ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第15巻 集英社文庫
荒木飛呂彦(2018)「STEEL BALL RUN
ジョジョの奇妙な冒険 Part7」第15巻 集英社文庫

これはヨーロッパ人=ジャイロが、アメリカ人=ジョニィに残した遺言であり、最後の手向けの言葉でもあります。俺たちのようにはなるなよ、辛抱強く、新たな世界を創れ。もう泣いちゃいましたよ。古き世界から新しき世界への狭間、そこで戦い、人知れず散った者たちに寄り添った堂々たる歴史絵巻だと思いました。

その6へ続く

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