「機動戦士ガンダム」は母殺しの物語である ─ その1

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『あえて申します。THE ORIGINは安彦良和バージョンの別ガンダムです』

1973年生まれの僕はジャスト団塊ジュニア世代(定義として71〜74年生まれ)であり、同時に「機動戦士ガンダム」のリアルタイム世代とも言えます。今の若い方からすれば想像し難いかもしれませんが、当時の国民的なブームは凄まじく、受けた衝撃や社会的影響は未曾有のものがありました。アニメが「カルチャー」として初めて国民的コンテンツとなった作品、それが「機動戦士ガンダム」だと思います。

そして現在、オリジナルアニメ時にキャラクターデザイン及び作画監督を担当されていた安彦良和さんが描かれた、オリジナルガンダムをコミカライズした漫画版『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』が出版されたのに加え、アニメ化されたそれでも安彦さん自身が総監督を務められました。

ストーリーは原作をほぼ忠実になぞっていますし、それに加えて格段に「ルック=見た目」が現代的にチューニングされている。昔のモビルスーツは今見るとやはりダサい部分が目につくのは否めません。

加えてオリジナル時には描かれなかった前日譚も山盛りでまさに痒い所まで手の届く、非常に高いクオリティを有していることは見られた皆さんは既にご承知の通りで今後はこの『THE ORIGIN』がオリジナルガンダム的な位置づけとなっていくのでしょう。

けれど、原作には忠実であるけれど、大きく抜け落ちている点が一つある。それは『機動戦士ガンダム』は安彦良和さんの作品でなく、あくまで富野由悠季さんの作品だということです

小説と違ってアニメは共同作業なので、もちろん安彦さんの作品でもあるとも言えますが、あくまで原作、脚本、そして総監督を勤めたのは富野さんです。つまり『THE ORIGIN』には安彦さんの個性や人生観が知らないうちに姿を現しますし、逆もまた真なりです。

別に僕は『THE ORIGIN』を否定するつもりは全くありませんし、十二分に愉しませて貰いました。それでも若い方々にあれがオリジナルのガンダムだと思われると「それはちょっと違うよ」と言いたい。あれは安彦良和バージョンのガンダムで、僕らがリアルタイムに感動したものではありません。それではリアルタイム世代が何に感動したのか? それを紐解いていきましょう。

『これまでになかった歪(いびつ)な子供向けアニメ』

当時子供だった僕らはそれまでのロボット物にはなかった、モビルスーツの格好良さに夢中になり、それらのプラモデル、俗に言う「ガンプラ」を買い漁りました。おもちゃ屋を5件ハシゴしたり、あそこの模型屋に入荷があったらしいなどの情報が日々乱れ飛んでいました。

けれどそれだけではなかった。僕らを猛烈に惹きつけたのはこれまでに見たことのない様々な「違和感」でした。

  1. 主人公が格好悪い主人公のアムロ・レイは多分に自閉的で根暗、家に閉じこもって機械いじりばかりしているオタクです。容姿だってイケていない。
  2. ヒロインが美人ではない主人公にはいつだって彼に付き添う綺麗なヒロインがいるものである。少なくともそれまでに見ていたTVアニメではそうでした。しかしガンダムではアムロに付き添うヒロインはフラウ・ボゥです。(今となっては一番魅力的な女性ですが)
  3. 敵の方が格好いい/どう考えてもシャア・アズナブルが一番ですよね。当時ガンプラでもガンダムより、シャアザク(シャア専用ザク)やシャアゲル(シャア専用ゲルググ)の方が人気だった。他にもランバ・ラルや黒い三連星など、どれもイチイチ格好いいんですよ。
  4. 味方の連中が頼りない/敵と比べて味方の情けなさときたら……。キャプテンであるブライトやハヤトにカイ、みんな頼りなく人間として未成熟です。
  5. 戦争って怖い/大気圏突入時に重力で焼かれるザクのパイロットや、ジャブローに降下できず、バタバタ打ち落とされていくモビルスーツ群。ランバ・ラルの死に様など、これまでに見てきた子供向けアニメとは何から何まで違っていました。
  6. ニュータイプって何?/正直、小学生の頭ではよく理解できませんでしたが、何か新しい「概念」がそこにあった。そんなものを提示してくる「アニメ」なんて当時皆無でした。

上記6点を見た場合、5と6を除いて全て逆のアニメがありました。それがほぼ同時期に放映され、こちらも大ヒットした「宇宙戦艦ヤマト」です。主人公の古代進(こだいすすむ)は実写版ならキムタクが演じるイケメンですし、ヒロインの森雪(もりゆき)は金髪の美人、味方は誰もが頼りになり、特に艦長の沖田十三(おきたじゅうぞう)は理想的な父親像を体現していると言えるでしょう。

そして敵のガミラス帝国は軍事独裁国家で地球征服を企む「悪」として基本的には描かれている。面白いですよね。僕はガンダムとヤマトはある意味で対になるような関係の作品だと思っています。

宇宙戦艦ヤマト4Kリマスター (2023) 東北新社

『戦争を知っていた松本零士と、知らなかった富野由悠季』

この違いはどこから生まれたのでしょう? それはやはり世代の違いだと思います。「宇宙戦艦ヤマト」の作者、松本零士さんは1938年生まれと太平洋戦争前に生まれ、父親も少佐まで上り詰めた帝国陸軍の軍人であり、パイロットだったそうです。

戦後パイロットは特殊技能を有する者とされ、その多くが自衛隊に入隊したらしいですが彼の父は「アメリカの作った飛行機になど乗れるか!」と突っぱね、自ら貧しい暮らしを選択したそうです。松本さんはそんな父を誇りに思っていた。つまり彼は自身の記憶に加え、父の記憶を共有させてもらうことで戦争というものをしっかりと知っていた

それに対し、富野由悠季さんは1941年生まれ、一応戦争時に生まれたリアルタイム世代とは言えるものの、まだ物心つかない赤ちゃんであり、加えて父も軍人ではなかった。つまり彼は「戦争を知らない」世代だと言えますこれはガンダムに携わった他のスタッフも同様です。そして彼らは別の言葉で「団塊世代」と呼ばれています。ちなみに僕は彼らの息子であり、「団塊ジュニア世代」と呼ばれているのです

『自らの挫折を子供たちに伝えたい』

そして実は最も大きいのが「団塊世代」の親となる世代だと思います。これは日本では特に名称を与えられていません。しかしアメリカではこのような名前がある。それは「G.I.世代」と「沈黙の世代」。

彼らは激烈な世界大戦で戦い、大いに敵を傷つけ、そして大いに敵からも傷つけられた世代です。彼らは戦争後、自らの恐ろしい体験を封じ込めるように戦争に対して口を閉ざし、保守的で落ち着いた暮らしを営もうとしました。まさに「沈黙」したのです。これは日本でも同様だったと思います

これら両親の世代に対する反抗として全世界的に巻き起こったのが、カルチャー面ではヒッピーらによるフラワームーブメントであり、政治的にはベトナム戦争反対などを通じて、国家にNoを突きつける学生運動でした。そしてガンダムを作った人たちは多かれ少なかれ、これらに参加しており、そして運動は盛大に失敗した。

僕は『機動戦士ガンダム』とは戦争に対して口を閉ざし続け、引き籠もる親たちに失望した「団塊世代」が彼らに対して引き起こした、学生運動を含めた一連の反抗と、そこで味わった挫折。それら世代の記憶全てを自らの子供である僕ら「団塊ジュニア世代」に向かって、本気で伝えようとした作品なのだと思います

こんなもの小学生に見せちゃっていいんでしょうか? けれどそこに大人の純粋な本気(マジ)があったからこそ、僕らいたいけな子供を完璧にノックアウトできた、そう思っています。つまり「機動戦士ガンダム」とは戦争を通じて連なる、昭和三世代の物語なのです。

その2へ続く

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