「アンダー・ザ・シルバーレイク」は、70年代生まれの男たちへの鎮魂歌 ─その3

『青春 = マギーの没落』

この映画で象徴的なのが、その1でも取り上げた監督の処女作『アメリカン・スリープオーバー』が劇中内に登場し、上映されていることです。シーンで言うと墓地で開かれるレイトショーですね。ここは非常に手が込んでいます。これはサムが映画を観ていると背後に『アメリカン・スリープオーバー』の主演マギーを演じた子が立っていて、ビックリするという設定なんですが、実際の女優とは違います。

『アメリカン・スリープオーバー』でマギーを演じたのはクレア・スロマですが、今作では映画の雰囲気に合わせて、ボビー・サルヴェール・メニュエスに変更されており、レイトショー内で映し出される場面も女優だけ変えて、後はそっくり撮り直されています。

監督の青春の象徴、
アメリカン・スリープオーバーの主人公マギー。
The Myth of the American Sleepover (2011) IFC Films
差し替えられたシーン、
これが墓場=死者の上で映し出されるのも象徴的。
Under the Silver Lake (2018) GAGA

そして成長した彼女はハリウッドの場末ですさんだ生活を送っており、やがてサムの前にシューティング・スターという名の娼婦として再び現れます。これは監督にとって大事な処女作を自ら切り刻む行為です。フィルム内に永遠に『妖精=青春の象徴』として封じ込めたはずの彼女を暴き、徹底的におとしめているのですから。

その2で僕は本作を監督が己の人生を自己開示した『ゲロ』の様な作品だと述べましたが、まさにこういうことです。彼のデビューは36歳とかなり遅咲きです。映画監督になることを夢見るも全く芽が出ず、さまよった暗黒時代のことをこのようなやり方、『打ち砕かれた夢や青春=堕落したマギー』で表現しているのでしょう

娼婦となったマギー=夢の成れの果ての姿。
Under the Silver Lake (2018) GAGA

本作は苦悩の果てに成功を掴んだハリウッドの人々を描いた『ラ・ラ・ランド』に対して、そうなれず落ちぶれていった人々を描いた、いわばダークサイドの『ラ・ラ・ランド』とも評されているみたいですが、確かにそのような一面も持っています。

ハリウッドで夢を掴んだ者が、
その代償に失ったものを描いたラ・ラ・ランド。

La La Land (2016) Summit Entertainment

そして「マギー=夢の残像」はサムに対し、いい加減現実を見ろと言わんばかりに以下の台詞を問いかけてきます。最後のフェラされたい? は残酷ですね。十数年ぶりに再会した初恋の女の子に言われたようなもので切ない限りです……。

「ねぇ、何してるの?」

「何も……」

「仕事のことよ」

「そんな質問ばかりだな。仕事は何? 仕事は順調? どこで仕事してる? 君は仕事熱心なの?」

「仕事は大事でしょ」

「君は? 映画に出てるのに、なぜこの仕事を?」

「小さい映画1本じゃ生活できないから。この街はお金がかかるのよ」

「あぁ分かるよ……」

「ねぇ、フェラされたい?」

Under the Silver Lake (2018) GAGA

『なぜ、カート・コバーンなのか?』

それにしてもマギーが問うようにサムはいったい何者なのか? 彼の部屋をよく見ると複数のギターやベースを所有し、Nirvana(ニルヴァーナ)のギター&ボーカリストだった故カート・コバーンのポスターをベッド上に掲げていることからも、どうやらミュージシャン崩れらしいと推測されます。

やがて彼は「ソングライター」と呼ばれる謎の老人の館に忍び込みますが、そこで彼から秘密を打ち明けられます。この世の全てのヒット曲は「俺=ソングライター」が金儲けのために作ったものなのだと。お前らが若い頃に信じていた夢や希望なんて全てまやかしだ。中でもサムが一番思い入れがあるであろう、カートが遺した名曲『Smells Like Teen Spirit』を侮辱しながら演奏します。

君が大切に思うものはほとんど私が作った。生きる目的や喜びを与えた多くの曲。15歳の反抗期にはこの曲を聴いて反抗したんだろう。

(ここで有名なSmells Like Teen Spiritのイントロリフを弾く)

よく知っている曲だろ? 歪ませたギターで作られたというのはウソだ。私がこのピアノで書いたんだ。女にフェラさせた後、オムレツを食うまでの間にな。

Under the Silver Lake (2018) GAGA
全てのヒット曲は自分が金の為に作ったと宣言する
ソングライター。
Under the Silver Lake (2018) GAGA

サムは激怒し、カートのギターであったFenderムスタングでソングライターの脳髄をかち割り撲殺します。そこには憤怒と言うべき、激しい怒りがあります。それにしてもなぜカート・コバーンなのか? 確かに彼はポップカルチャーの歴史に名を残した偉大なアーティストですがそれだけではありません。

僕にはよく分かります。それは監督(74年生まれ)及び同世代の僕らはまさに彼のバンドNirvana(ニルヴァーナ)の衝撃に直撃した世代だからです。当時の音楽シーンはMTV全盛期であり、音楽性以上にTV内での見栄えが重視され、どのレコード会社も高いお金をかけてミュージックビデオを制作しました。反抗の音楽と言われたRockも同様です。

  1. 音楽的にはPOP性が要求され、何百万枚ものCDを売り上げるモンスター・バンドが出現した。
  2. MTVの影響で化粧をしたバンドも数多く存在した。
  3. Rock的なスピリッツは薄まり、技術ばかりがもてはやされた。ギタリストは早弾きを始めとする様々なテクニックに走った。

そんな中、あの『Smells Like Teen Spirit』のシンプルこの上ないコード・リフが飛び出てきたのです。カートはボロボロの古着を着て、ギターをかき鳴らしました。その頃の僕はBluesやJazzに興味が移っていたので、熱狂して聴いていた訳ではありませんでしたが、それでもそこには僕ら世代が初めて『リアルに体感した』Rockの初期衝動がありました

映画を観た後に無性に聴きたくなって、
棚から引っ張り出しました。
Nevermind / NIRVANA (1991) DGC

おそらく50年代のニューヨークでJazzを聴いていた人たちや、60年代にウッドストックのRockフェスティバルに行った人たちが感じていたであろう何かと最も近いものを僕らに与えてくれたのがNirvanaであり、カート・コバーンだったと思います。結局、彼は自殺し、映画内で語られる27クラブ(27歳で死んだアーテイスト)の仲間入りをします。

だからこそサムは許せなかった。例えそれが失われたものであり、過去の記憶の中の存在だとしても、それを穢すのだけは止めてくれ。それは本当に素晴らしく、美しいものだったんだ。そういうことでしょう。僕だって観ている時、本当にカッ!と腹が立ちましたもの。

残酷なシーンですが、個人的にはグッときた。
Under the Silver Lake (2018) GAGA

その後、サムはトドメを刺されるかのように潜り込んだパーティーでモデルとして成功した元恋人が婚約したのを知らされます。実は彼はずっと彼女の事を思い続けていました。大好きな音楽から女性まで。サムはこの時、大切なものをほとんど全て失ったのです。

その4へ続く